令和5年 年間 のんき・南文句会報

南甲俳句会(辞達句会・文秋句会合同)
令和五年度(四月~三月)月例句会報 

第347回南甲倶楽部ゴルフ会

令和6年4月10日(水)、第347回南甲ゴルフ会が、江戸崎CCにて開催されました。本年最初のゴルフ会、晴天のゴルフ日和でしたが、大学のOB会行事と重なり12名と少数での開催となりました。

8時50分、キャディマスター室前に12名が集合。初参加の方がいなかったので、即、競技説明。いつも皆さんが喜ぶマシュマロを(株)エイワの小高先輩から商品提供をして頂くのですが、本日はそれに加えて筒井和夫先輩から相当値が張ると思われる、プロ仕様のキャディバッグを商品提供して頂きました(○○万円はすると思われます)。皆さん、大歓声、筒井先輩のお誕生月に合せて「7位」の方にお渡しすることに致しました。

9時8分、皆さん第7位を目指して、南アウトコースより、元気よくコースに出て行きました。4月とは思えない初夏を思わせる陽気の中を、キャディバッグを目指した12名全員が無事にホールアウト。

15時30分、パーティ・表彰式開始。コロナも5類になり、普通のパーティに戻りました。栄えある優勝は、なんと前回優勝の福島顕揚さん。46、47の93。ベスグロ優勝で2連覇、お見事でした。準優勝は、ここのところ好調な井原俊二さん、第3位は実力者の小林満男さん、それぞれお目出度うございます。ラッキーボーイの第7位は、S53卒の三浦元久さん、満面の笑みでした、良かったですね。

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普通に名刺交換ができるようになり、1時間ほどでパーティは終了。お開きとなりました。

見学会&懇親会「東映東京撮影所見学と最新映像技術の体験」3月18日(月)

ビジネス交流委員会
3月18日(月) 
見学会&懇親会
「東映東京撮影所見学と最新映像技術の体験」

今回は東映シーエム株式会社様にご協力をいただき、大泉学園駅からバス5分のところにある「東映東京撮影所」と、同敷地内にある「東映ツークン研究所」を視察させていただきました。
東映東京撮影所は、東映の事業所のひとつで、敷地内には東映テレビ・プロダクション、特撮研究所、東映アニメーションなどの企業や施設が置かれています。撮影所自体は90年以上の歴史を誇り、歴史の宝庫となっています。
東映ツークン研究所の“ZUKUN(ツークン)”は、ドイツ語の「未来」を意味する”Zukunft”から創られた言葉です。映像文化にデジタル技術を取り入れることで、どのような未来が生み出せるかを追求し、実践的に映像制作に活かしています。近年では多様化した新しい形のコンテンツにも積極的にチャレンジしており、まさに時代の最先端を突き進んでいます。この2つの施設で、過去から次世代までの映像制作について、入口から出口まで身近で体感することができました。

懐かしの作品から最新の映像技術まで見学
会場に到着後、研修室で東映東京撮影所を紹介するVTRを視聴しました。視聴後は今回の見学会の内容と流れを詳しくご説明いただきました。
その後、撮影所内の見学をスタート。昭和を象徴する任侠映画など、懐かしい作品の名残を肌で感じることができました。また、最近の人気テレビドラマ「相棒」や「特捜9」の撮影セットも見学できました。テレビのシーンを想起しながら、撮影スタジオの規模の大きさにも圧倒されました。
大規模な美術倉庫では、襖や扉などの美術道具から、バッグ、傘などの小物からテレビ、冷蔵庫、電子レンジなどの家電製品まで、まるでショッピングモールを歩いているような美術道具の数々に驚きを隠せませんでした。

途中、通りかかったビルで、東映の創業者である大川博さんの手形を発見しました。この方は南甲倶楽部創設当初のメンバーであったことも知り、思わぬ出会いに感激しました。大川さんはテレビ朝日の初代会長でもあり、「相棒」と東映撮影所のつながりについても理解できました。

ツークン研究所では、巨大なスタジオの中で様々な最新映像技術を体験することができました。まず、人やモノの動きをデジタル化するモーションキャプチャー技術のスタジオを見学しました。このスタジオでは、複数の出演者や小道具などを同時に撮影できます。

知識と懇親を深める充実したひと時に
次に見学したバーチャルプロダクション(11スタジオ)は、CGと実写がリアルタイムで融合できます。ここでは参加者全員で映像体験をしました。
すべての時間において大変貴重な時間を過ごすことができ充実したひと時となりました。
見学会の後は、ご用意いただいた別室で質疑応答の時間を設けました。多くの参加者から活発な質問が出て、映像への関心の深さを再認識しました。
最後に、隣のビルにあるバンケットルームで懇親会を開催しました。会場には3名の東映シーエムの方にもご参加いただきました。東映シーエムの方々とだけではなく、会員の皆様同士の懇親も深めることができ、楽しいひと時を過ごすことができました。

企業交流委員会 情報交換会
熱海 旧日向別邸・起雲閣 見学会 3月9日(土)

3月9日(土)  参加人数 8名

企業交流委員会ではメンバー間の情報交換と懇親を兼ねた情報交換会も開催しており、今回は熱海の歴史的名建築を巡るツアーを報告します。

ブルーノ・タウトの内装設計作品 旧日向別邸

東京では二度目の積雪が観測された翌日、打って変わって早春日和となったこの日、歴史的名建築を巡る見学会が開催されました。一行が最初に向かったのは、南甲倶楽部・芳井会長にご推挙いただいた旧日向家熱海別邸です。これは、実業家・日向利兵衛氏の別邸として1936年相模灘が一望できるロケーションに建てられた国の重要文化財に指定される建築物です。その特徴は、急傾斜地ゆえに木造2階建ての母屋前に土留めを兼ねた鉄筋コンクリート造りの地下室が造られ、その屋上を庭園とする工夫が施されています。この地下室の内装設計を手掛けたのが世界的なドイツ人建築家ブルーノ・タウトであり、日本に現存する唯一のタウト作品となったことで、まさにこの地下室が2006年7月に国の重要文化財の指定を受ける所以となりました。地下室は、竹や桐といった和材が随所に用いられた“社交室”、海の眺望を確保するために意図的に造作された階段やワインレッドに染色された絹の貼壁が印象的な“洋風客間”に続き、仕切られた空間でありながら隣室としての調和が重んじられた“日本間”や“ベランダ”から構成され、日本の建築美を強く意識したタウトの思想が感じられる設計・配置となっています。とても熱心なご説明をいただいたガイド役の方からは、母屋の設計も実は近代日本建築の巨匠・渡辺仁によるもので個人邸宅としては希なる作品であること、かの“ブラタモリ”のロケ地にも選ばれたこと等々、決してパンフレット等には書かれていない数々のエピソードも披露されました。

とりわけ深く印象に残ったのは、タウトの作品に心惹かれた施主である日向氏の熱意に応えるべくタウトが協力を要請したのが、逓信省気鋭の建築家であった吉田鉄郎であり、その設計思想に基づいて実際の造作を指導したのが、吉田と同郷であった宮大工棟梁・佐々木嘉平と、知られざる名工たちの合作によりこの名建築が生まれたこと、そして民間企業の保養所となったのち取り壊しの危機に直面した際に救いの手を差し延べたのが、名建築を愛する東京在住の女性篤志家の方であったこと・・・つまり、多くの方々の思いが紡がれた結果、我々が今、この貴重な作品を観ることが出来たということでした。

熱海三大別荘の一つ 起雲閣

続いて一行が訪れたのは、岩崎別荘・住友別荘と並んで「熱海の三大別荘」と賞賛された名邸が基となる「起雲閣」です。”海運王”として名を馳せ、政・財界で活躍した内田信也氏が実母の静養場所として1919年に建てた別荘部分が現存する和館 “麒麟・大鳳の棟” “孔雀の棟”として残されています。1925年に昭和の“鉄道王”根津嘉一郎氏が内田氏より土地・建物を取得すると、根津氏の別邸として手が加わり1929年洋館 “金剛”と緑豊かな庭園が完成します。格調高い迎賓館 “金剛”には、甘美な趣をたたえる“ローマ風浴室”が備え付けられるなど、かつての栄華を今に伝える最も印象的な建物となりました。その後、1932年に日本の神社や寺に見られる建築的特徴を持ちつつも中国的な装飾やアールデコ様式を取り入れた洋館 “玉姫(たまひめ)”と中世英国のチューダー様式を用いた “玉渓(ぎょっけい)”が増築されますが、12年後の1944年に根津家がこの別邸を手放すことになります。これを1947年に取得したのが、金沢・湯涌温泉でのホテル経営で財をなし、戦後アメリカ進駐軍に接収されたため、熱海での開業を模索していた実業家・政治家の桜井兵五郎でした。「起雲閣」の名は、この旅館時代に命名されたものとなります。1949年の“金剛の棟”の改築を手始めに、 “音楽サロンの棟” “展示室の棟” “企画展示室” 等々が断続的に新築され現在に至っています。

旅館としての「起雲閣」は、観光メッカ熱海を代表する宿として数多くの宿泊客を迎えましたが、とりわけ志賀直哉・谷崎潤一郎・太宰治といった日本を代表する文豪たちに愛されたことでも有名です。日本建築の美しさを纏った本館(和館)と離れ、日本・中国・欧州各国の装飾や様式美を融合させた独特の雰囲気を持つ洋館に加えて、緑豊かな庭園が調和して優美な気品を醸し出している名建築といえます。旅館時代にBARとして使われていたスペース「喫茶やすらぎ」で戴いた抹茶と和菓子は気品溢れる雰囲気も相まって格別なものでした。

その後、熱海駅に戻った一行は、伊東魚市場に水揚げされたばかりの海鮮に舌鼓を打ちながらの情報交換を行い、解散となりました。

(企業交流委員 清水英樹)

観劇会「十八世中村勘三郎十三回忌追善 猿若祭二月大歌舞伎」 2月17日(土)

十八世中村勘三郎十三回忌追善 猿若祭二月大歌舞伎 観劇
演目「新版歌祭文 野崎村(しんぱんうたざいもん)」「釣女(つりおんな)」「籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)」
会員交流委員会 2024年2月17日(土) 参加人数:31 名

今回の観劇会は、今年18世中村勘三郎の13回忌にあたる追善の「猿若祭二月大歌舞伎」。記念すべき舞台とあって南甲倶楽部会員とそのご家族など31名の方々にご参加いただきました。はじめて歌舞伎を鑑賞したという方は「華やかさに圧倒されました」。また、毎回参加されている方からは「今回の演目は非常にわかりやすくて楽しめた」との声も聞かれました。

11時開演で昼食をはさんで終了したのは3時過ぎ、4時間の鑑賞時間でしたが、アッという間に過ぎてしまいました。

最初の演目「新版歌祭文 野崎村」は、切ない恋を描いた世話物の名作。久松との祝言を控えた村娘お光のはずむ女心、これを本物の大根をリズミカルに切って表現したおもしろさ、お光の恋敵のお染が久松に「会いたかった〜、会いたかった〜」という名セリフ、髪を切って尼になったお光が久松とお染を見送って泣き崩れる幕切れ、観客も涙するほど情感のこもった演技でした。久松の中村七之助、お光の中村鶴松、お光の父親はあのNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に出演していた坂東彌十郎。素晴らしい歌舞伎役者たちの演技にほれぼれしました。

次の演目「釣女」は、妻を釣り針で釣ろうという大名と付人の話。付人の中村獅童と大名の中村万太郎、それぞれ釣り上げた美女と醜女の踊りとかけ合いが見事でした。狂言を素材とした作品だけに笑えるシーンが満載。でも、これ、現代に置き換えると、醜女がブスとなり批判をあびそう。

最後の演目は「籠釣瓶花街酔醒」。実際の事件をもとにした「吉原百人斬り」を脚色した世話狂言です。

見どころは花魁の八ツ橋を演じた七之助。艶かしい色気に思わずゾクッと震えがきました。片や次郎左衛門扮する勘九郎の演技、とりわけ八ツ橋に一目惚れする時の表情や、縁切りされ絶望する姿は真に迫り、観客にも情が移っていたと思います。

いずれの演目も数々の名セリフを聞くことができ、さらに衣装が華やかで、中でも花魁の着物は豪華で魅了させられました。逆に村娘の着物は控えめな色調ですが粋。衣装も歌舞伎の大きな魅力のひとつです。

次の歌舞伎鑑賞会には、オペラグラスを持参して、同時解説イヤホンガイドを借りて鑑賞した方がいいかもしれません。たいへん楽しい観劇会でした。

白門附属高校会 1月13日(土)

白門附属高校会
2024年1月13日(土) 倶楽部会員参加人数:4名

年明け早々の一月十三日(土)に附属四校の英語スピーチコンテストが、茗荷谷キャンパスにて開催されました。優秀者三名の方への賞品協賛を白門附属高校会で対応させていただいており、委員会メンバーの井上幹事長、岩崎良三さん、鈴木裕さん、高橋の四名にて参加させていただきました。

この催しは、中大附属中学・高校、中大杉並高校、中大横浜中学・高校、中大高校の四校から選抜された高校生、中学生(二校)が日頃勤しまれている英語スピーチを競うという大会です。高校生は、最近の出来事や体験から感じたこと、私の心が動いた出来事、または各自由テーマから選んで約六分間スピーチを行い、中学生は、各学年毎に指定された課題文書を英語で暗唱します。当日の司会進行、先生の講評も全て英語で、進められました。スピーキング、英語表現、スピーチ内容等を三名の大学の外国人講師の先生が採点して、最優秀賞一名並びに優秀賞三名他を選定します。中学生の採点は高校の先生が行いました。

【審査委員のゲイリー・W・キャンター先生から最優秀賞の授与】

皆さん、日頃の中学・高校生活で学ばれている英語を緊張されつつ、一生懸命に、スピーチされていました。私個人としましては、恥ずかしながら、ヒアリング力不足のため、事前に配られた各発表者の英語原稿とにらめっこで、スピーチを拝聴しました。

コンテスト終了後に、井上幹事長より、学生に向けて激励の言葉をご堪能な英語 (訂正) 日本語でかけられ、最後に記念写真撮影後に、終了となりました。今回、幹事校(四校の持ち廻り)をされた中大高校の加藤先生には大変お世話になりました。来年は、幹事校の中大杉並高校で開催される予定ですので、ご興味がある方は、附属ご出身の方でなくても、ご見学いただければと思います。 

【コンテスト後に井上幹事長からの激励のご挨拶】

尚、選抜された高校生部門十二名の学生は全員女子学生、中学生部門十二名中、男子学生は一名のみという、圧倒的な女子力を強く感じた次第です。今の時代におきまして、こういう表現は不適切かもしれませんが、「男子学生、もっと頑張れ!」というエールを送りたいと思います(自分の学生時代の事は棚に上げまして、、、)。

【コンテスト終了後の記念撮影】

白門附属高校会

高橋 憲一郎

企業交流委員会 見学会実施報告
JFEスチール㈱・東日本製鉄所(千葉地区)見学会 12月6日(水)

企業交流委員会 見学会実施報告
JFEスチール㈱・東日本製鉄所(千葉地区)見学会
2023 年12 月6 日(水) 参加人数:25 名

報告:企業交流委員会 塚越公志

 企業交流委員会企画の製鉄所の見学会の内容につき、ご報告させて頂きます。
 個人的には小学生時代の社会科見学前のわくわく感が再現されたような状況で、当日参加させて頂くことになりました。

戦後初めての銑鋼一貫型臨海製鉄所

 見学会は、天気にも恵まれ、御茶ノ水駅から大型バスで出発し、片道1 時間15 分程度で蘇我駅近くの現地に到着。早々に、ご担当の方からのビデオを交えて全体概要説明を頂いたのちに、再度、バスでの工場内の移動となりました。製鉄所の敷地は、縦3 ㎞、横3 ㎞、総面積766 万㎡(230 万坪)となり、なんと東京ドームの165 倍の敷地面積を有するため、見学センターから、中心部の溶鉱炉まで、車で15 分程度とかかります。バスで移動中の工場内には、溶鉱炉、ガス貯蔵タンクなどの外観はもちろん、様々な用途がある車も行き来しており、これだけでもなかなか見ごたえがあるものでした。
 実際にヘルメット・ジャケット・軍手等を着用の上、工場内に入り、溶鉱炉で溶かされた1600℃の鉄が、製鋼工場からスタートし、熱間圧延工場を経て、順次、車などで使われるステンレス鋼板などに様変わりする様子を目の前で見させて頂くことが出来ました。当日の外気温は10 度前後でしたが、ドロドロに溶かされた鉄が冷やされていく過程に立ち会うだけでもその熱気で汗が止まらない状況で、これが真夏になると、体感温度は40℃を超すとのことですから、過酷な環境下で日夜業務に従事されていることを実感しました。
 振り返るに、この工場は1953 年から本格稼働を始めた銑鋼一貫製鉄所であり、工場の説明を頂いた方からも、自分たちの仕事に対する誇りと充実感が伝わってくるものであり、その後ろ姿は、正に「鉄は国家なり」を体現されたような一面が見受けられました。

  東日本製鉄所の全体模型
  概要説明の様子

溶鉱炉外観(JFE ホームページより)
第3熱間圧延工場(JFE ホームページより)

世界最先端のテクノロジーと持続可能でクリーンな製鉄所

 また、個別の印象としては、機械化、自動化が相当進んでおり、いらっしゃる従業員の人数が、広大な敷地面積、業務量に比較して、少ないことにも驚きました。さらには、環境に配慮した取り組みにも積極的であり、溶鉱炉自体も最新鋭の高炉になっており、製鋼プロセスでのスクラップの利用拡大による二酸化炭素(Co2)の排出削減に努めるとともに工場内のエネルギーの循環が施されるように工夫されておりました。
 行政との良好な関係も構築されており、隣接する商業施設、千葉市のスポーツ公園との調和がなされ、地域住民の方々からも愛される素晴らしい工場でありました。そのことは、地域の皆様からの工場見学を精力的に受入れ、工場見学後の小学生たちからのお礼の手紙等が展示されていることからも納得できるものでした。
 なお、17 時からは、近くの蘇我駅に移動し、恒例の懇親会も飲み放題つきのコースで、南甲倶楽部の仲間との懇親を深めさせて頂くことができ、充実した一日となりました。

  見学センターでの集合写真

企業交流委員会では今後も面白い企画が

 懇切丁寧な説明を頂きましたことを感謝申し上げます。また今回の企画は、企業交流委員会の鈴木副委員⾧が、大成建設時代のネットワークを利用して実施頂いたものであり、さらに、御茶ノ水駅から東日本製鉄所までの往復の大型バスの手配は、両総観光㈱の川島社⾧にお力添えを頂きました。この場を借りて、あらためて御礼申し上げます。
 今回同様、面白いセミナー・見学会等が、今後とも企業交流委員会にて実施されるので、是非とも、気軽に参加下さいませ。初めての方々も大歓迎です。

第37回ビジネス交流会  11月20日(月)

南甲倶楽部 第37回ビジネス交流会 2023年11月20日(月)

中央大学 駿河台キャンパス18階 会議室 / 19階 グッドビューダイニング

第1部 特別講演会

「待望の川手副会長 ご登壇!

~政財界とのつながり、鳩山会館 館長 ベンチャー企業の先駆け、

空飛ぶラーメンの真相 複数事業の立ち上げ・・・・・~」

講師:川手 正一郎氏

株式会社ニッセーデリカ 代表取締役会長 南甲倶楽部 副会長

第37回ビジネス交流会は、駿河台新キャンパスで初の開催で講演会とビジネス交流会の二部構成で盛大に開催されました。第一部の特別講演会では、株式会社ニッセーデリカの会長である川手正一郎氏が登壇し、政財界との繋がりや空飛ぶラーメンの成功秘話をはじめ、ベンチャー企業の創業体験について熱くお話いただき、経済の最前線における洞察に触れました。最後に、今、大事なのは時間、時間の大切さを痛切に感じておられるとの事、また、「人は出会いにより、己を知り、己の未来を拓く」「小人は縁に気づかず、中人は縁を生かせず、大人は袖すり合う縁も縁とする」「人生は、生きるということに価値がある。生きるということは、新しい自分を作る」「性合近し、習い合い遠し」「口は人を励ます言葉や感謝の言葉を言うために使おう、目は人の良い所を見るために使おう、耳は人の言葉を最後まで聴いてあげるために使おう、手足は、人を助けるために使おう、心は人の痛みがわかるために使おう」とたくさんの川手語録をご披露頂き、感動の講演会となりました。

第2部 ビジネス交流会

第二部では、異業種間の交流が展開されました。グッドビューダイニングで飲食とお茶の水から東京の夜景を眺めながら、活発に懇親をはかりました。この特別な雰囲気の中で、ビジネスパートナーの発掘やビジネスマッチングの機会として、会員同士が活発にコミュニケーションをとりました。また、会員相互の理解を深めるため、希望者や初参加の方には、自己紹介の機会も設けられ、これにより、参加者たちはビジネスの枠を超え、個々の経歴やビジョン、事業を共有し、新たな可能性を見いだすことができました。 

第37回ビジネス交流会は、中央大学経済界OB会メンバーにとって実り多い機会となりました。

なお、第0部として、特別講演会の前には、希望者で駿河台キャンパスの模擬法廷や図書館の見学会も行いました。

ビジネス交流会を通じて経済界の先駆者たちとの交流が深まり、新たなビジネスの展開へと広がりました。今後もOB会の交流イベントが、メンバーたちのビジネスキャリアに寄与することが期待されます。(ビジネス交流委員長 宿谷 勝巳)

懇親会での1枚
企業交流委員会 金融セミナー 11月7日

日 時 2023年11月7日(火) 18時~19時30分

テーマ「日本の未来」-日本は成長力を取り戻せるか?-

講 師 青木大樹氏

UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社

日本地域CIO(最高投資責任者)兼 日本経済担当チーフエコノミスト

中央大学総合政策学部2002年卒業、南甲倶楽部会員

 企業交流委員会主催の金融セミナーは、「日本の未来」-日本は成長力を取り戻せるか?- と題して、UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社 日本地域CIO(最高投資責任者)兼 日本経済担当チーフエコノミスト青木大樹氏をお招きして開催されました。

青木大樹氏

 青木氏は学生時代から「日本のために」という想いを胸に猛勉強、南甲倶楽部賞を受賞されるなど、大変熱心かつ優秀な学生であったようです。大学在籍時から内閣府にて政策企画・経済調査に携わり、経済財政の見直し・分析などを担当されました。官僚時代の青木氏は睡眠時間3時間、安倍政権の中核にて「骨太の方針」の策定に携わるなど、言葉通り「日本のために」大活躍されました。

 その後、グローバルな投資や経済の流れを知りたいという気持ちから2010年に世界トップクラスのプライベートバンクであるUBSグループへ入社され、現在に至ります。テレビ東京の経済番組「モーニング・サテライト」のコメンテーターとしても人気を博しています。

 セミナーでは、米国の社会に潜む格差のマグマのリスクの存在、仮に米国内でのリスクの顕在化がなかったとしても米国での利上げの停止後は、一定の期間をおいて大きく株価が下落するショックが発生していることを説明。一方で、ユーロも人民元も世界の基軸通貨とはなりえず、グローバルでのドルの地位は強い環境が続くことが予想されることとの見解をお示しいただきました。

 次に、日本の自給率の低さ、グローバルでの競争力の低下などの背景から、「円」の購買力を示す実効実質レートは、ピーク時の3分の1にまで低下している事実が披露されました。現在の日本はまだ稼ぐ力があり経常収支はプラスの状況ですが、仮に日本の成長力が2分の1となり、かつ、日本のマーケットシェアが2分の1となった場合は、経常収支が赤字となってしまうリスクもありうるということです。

 最後に、日本経済の未来を展望するためキーワードのご提示をいただきました。キーワードは、「脱炭素」(水素・自動車/蓄電池・半導体/情報通信・農業機械等の分野ではグローバルでの知財競争力が日本はTOP)、「新たな価値観」(環境配慮の商品にプレミアムを払うという世代が増えており需要創造、経済成長の原動力になりうる)、「省エネ・省力化」(世界的に拡がる労働力不足の環境下、省エネ・省力化を得意とする日本にはチャンス)、「家計の資産の活用」(お金に働いてもらう。運用大国化)、「ヘルスケア」(経産省の試算、2020年の24兆円の市場規模が2050年には77兆円に)であり、日本は厳しい環境に置かれているものの、国内リソースのメリハリのある活用と政策によっては明るい未来も期待できることをお示し頂きました。

 参加者からの「ドル円相場の展望」等の質問にも、丁寧にお答えいただきました。

 セミナー終了後に行われた懇親会では、講師の青木氏を中心に大変活発な交流がおこなわれ、コロナ禍を乗り越えて対面でのセミナー、懇親会ができるよろこびを参加者の皆様も感じられたと思います。

企業交流委員会 情報交換会 8月21日(月)

国立競技場スタジアムツアー

国立競技場スタジアム01

日本スポーツ振興センターホームページより

企業交流委員会はメンバー間の情報交換と懇親を兼ねた情報交換会を8月21日(月)に開催しました。今回は東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会のメイン会場となった国立競技場スタジアムツアーで、参加者は井上均委員長他の11名。

国立競技場の遍歴
大正時代、明治天皇を祀る神宮として代々木に内苑、青山に外苑が造られました。その際、外苑は欧米式の公園と総合競技場を備えるものとし、1924年(大正13)東洋一の本格的陸上競技場となる明治神宮外苑競技場が完成しました。
その後この競技場を取り壊し、1958年のアジア大会のメイン会場として国立競技場が新設され、1964年には東京オリンピック大会の開会式に使用されました。
2012年、東京オリ・パラ招致委員会が東京2020大会に向けたスタジアムの建て替えを決定し、設計国際コンペによってイラク出身のザハ・ハディド案が採用されましたが、工事費と工期の大幅超過問題が発生し、2015年に白紙化。
改めて工期短縮と工事費抑制を目的として、デザインビルトの公募型プロポーザル方式により、大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所JVが選定されました。
設計1年、工事3年の工期を経て、2019年11月に新しい国立競技場が建設費1,569億円で完成し、2021年7月に第32回オリンピック大会のメイン会場として使用されました。

国立競技場スタジアム02

(独)日本スポーツ振興センターホームページより

スタジアムツアー
東京2020大会のレガシーをアスリート気分で体験できるのがこのツアー。
先ずは1階の入場口から入り、選手達のサインウォールを眺めつつ、インタビューゾーンで聖火トーチやロッカールームを見学。金メダルを取った気分でカメラに向かってビクトリーサインを楽しんでいると、後ろで外人の紳士がじっと佇んでいるのが気になり近くに寄ってみたら、サッカー日本代表の監督を務めたザッケローニ氏の精巧な蝋人形だったのにびっくり。
選手控室からは大地をイメージした赤茶色のトラックと天然芝のフィールドへと続きますが、3層のスタンドと60mの大屋根の迫力に圧倒されます。観客からの大声援を受けたら好記録が出るのも分かります。ただ我々は、暑いのと設置してあったハードル1,067mmの高さに気落ちして、短距離競争は残念ながら諦めました…。

国立競技場スタジアム03
国立競技場スタジアム04
国立競技場スタジアム05

その後スタンドの観客席を通り、4階の展望エリアへ。どの席からもトラックが間近に見え、68,000人を収容する大スタジアムが案外コンパクトに感じられました。軒庇には47都道府県から集められた国産木材が活用されており、それぞれの産地の方位に配置してあるそうな。最後に、親切な係員の方に記念写真を撮ってもらいました。

尚、このスタジアムツアーは一般公開されており興味のある方は「国立競技場スタジアムツアー」の Webサイトへ。
ツアー終了後、喉が渇いた我々は近くの「森のビヤガーデン」で懇親会を開催しました。

国立競技場スタジアム06
国立競技場スタジアム07

企業交流委員会 副委員長 鈴木浩(記)